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下條 尚志准教授


はじめに

コインの表側が国家だとしたら、その裏側について研究しています。インフォーマル経済、避難・逃亡、非合法越境、また民族的混淆や曖昧な帰属認識のように、支配する立場からは「みえにくい」人々の営みに関心を抱いてきました。なぜこんなことをわざわざ研究するのか。それは、大きな混乱によって国家に依存できなくなった社会で、普通の人々が生き残ってゆくためにどのように秩序をつくりだしてきたのかが、学部生の時からずっと気になってきたからです。

専門は、歴史人類学、ベトナム・東南アジア研究という看板を掲げています。私は学際的な研究環境で育ち、様々な専門分野を掲げる研究者から影響を受けてきました。色々な研究に関心が向いて「いったい自分は何学者なのか」と悩んだ時期もありましたが、今はその経験をポジティヴにとらえています。人類学者として隣接分野の対象でもある歴史、ひいては政治や経済についても考え、さらに東南アジア研究者という立場から、たとえば東アジアといった既存の地域区分を乗り越える研究を目指しています。

これまでの研究

大風呂敷を広げましたが、私が最も長く調査してきたのはベトナム南部のメコンデルタという地域の、小さな一村落です。メコンデルタは、近代以前は川や海の世界と強く結びついたウォーター・フロンティアでした。いずれの国家にも完全には属さず、商人や漁民、開拓民、海賊といった移動性の高い人々が川や海を利用して行き交っていました。19世紀以降、このデルタ地帯に対する国家の影響力は強まり、他地域からの移民が奨励され、運河掘削や水田開発が進められるなど、人間の力による環境の再編が図られてきました。これによってメコンデルタの社会はさらに多民族的となり、また世界経済の影響を受けやすくなっていきました。常に世界に開かれてきた背景を持つメコンデルタのなかでも、特にクメール人(カンボジアのマジョリティ)、華人、ベト人(ベトナムのマジョリティ)の混住・通婚が顕著にみられ、複数の世界観が混在する一村落から近代を考えてきました。
 
その村落で起こってきた過去と現在を、人類学的な長期フィールドワークと文献史料分析を組み合わせて検討したのが、自著『国家の「余白」―メコンデルタ 生き残りの社会史』です。メコンデルタの人々は、20世紀の戦争、社会主義、市場経済化といったナショナルかつグローバルな動乱によって大きな変化を迫られてきました。動乱によって崩れかかった既存のローカルな秩序を、人々がどのようにかれら自身の手でつくり直し、新たに紡ぎ出したのかを考えました。その際、兵役逃れの場や闇市、非合法越境ルートといった「国家の介入しにくい空間」を人々が創り出していたことに着目しています。「国家の介入しにくい空間」を基盤に人々が国境を越えた規模で秩序を再編し、危機的な状況を切り抜けようとしてきたことを論じていますが、この視点は、世界各地の、紛争や災害を経験した社会の理解にも貢献しうると考えています。

その他の研究については、https://researchmap.jp/shimojohisashiをご参照ください。

現在の関心

これまでの研究をグローバルな視座から考え、理論化していくことを目指して、「国家の介入しにくい空間」における秩序の生成―アジア・アフリカの人類学的国家論」(科研費・基盤B) という研究に取り組んでいます。アジア・アフリカ諸地域を専門とする研究者たちから学びつつ、自分自身はベトナム南部メコンデルタからカンボジア東部メコン河流域にまで調査地を広げ、ウォーター・フロンティアの多民族・多宗教状況とその歴史について少しずつ研究を進めています。

東南アジア、特にベトナム、カンボジアへの想いは強いですが、特定の専門分野や地域に限らず、世界各地の民族(ネーション、エスニシティなど)や国民国家、日常政治、モラル・エコノミー、インフォーマル経済、人の移動、宗教、民間信仰、生態環境、周縁・辺境、戦争・紛争、災害、社会主義といった問題に関心があります。19世紀から21世紀にかけての長期にわたる時間のなかで、世界全体で生じてきた変化=「大きな歴史」に注意を払いながら、それに必ずしも回収されない、ヴァナキュラーな次元で人々が綿々と秩序を紡ぎ出してきた過程=「小さな歴史」にピントを合わせて、近代を考えています。

学部・大学院教育

研究者を目指す人もそうでない人も、一生問い続けることができそうな問題関心を見つけてもらいたいと思います。研究テーマを深めてゆくためには抽象度の高い議論も大切ですが、まずは興味を持てる地域や研究対象を見つけることが肝要です。どんな研究分野、研究対象であれ、虫の目のように接近して観察するミクロな見方と、鳥の目のように高みから全体を見渡すようなマクロな視野の両方を身につけてもらいたいと考えています。こうした人類学的な見方は、どんな学問分野にも有効です。


私の研究室に関心がある方は、下記のメールアドレスにご連絡ください。
shimojo@people.kobe-u.ac.jp